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「読書無用論」
「読書」は文字通り「本を読む」ということで、中国語では勉強という意味もあります。
つまり「読書無用論」とは、勉強は役に立たないということでした。
中学校に入ったころ、ケ小平氏の政策改革が始まり国が持った畑を世帯の人数に合わせ、
農民に分けるという「承包責任制」が実施されました。また、個人でも自由に商売ができる
ようになり、その人達は「個体戸(自営業者)」と呼ばれました。
改革が始まったころ、自営業はまだ社会的地位が低く、教育を受けていない人が多かったのですが、
政策改革のおかげで、彼らは先に豊かになった為、「教育を受けなくても、お金を稼げるのではないか」
という風潮が田舎で広がってしまいました。急に自分の畑を持つようになった農民達は、どんどん
子供に学校を辞めさせ、畑で働かせるようになりました。
私は中学校を卒業して、ある農業の専門学校に受かりました。学費も要らない、奨学金制度もある珍しい学校で、
六人の子どもを養う両親に負担をかけないための選択でした。
勉強を否定されることに対して、まだ幼い私は疑問を感じ、納得していませんでした。みんなの反対を押し切って、
私は進学しました。
十年後、日本に留学するには十二年の学歴が最低の条件だということを知りました。
今から考えるとその時の決断はで私は日本に来られる第一枚目の切符を手に入れた瞬間だったのです。
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